放射線と花粉ふりそそぐ中、遮二無二歩くのは、いかがなものかと、最近は嫌いな大江戸線を使って東中野経由で通っています。無責任停電のせいで電車は混んでいるし、電力消費ピーク時であってもなくてもエスカレーターは止まっているし、いいことはほとんどないのだけれど、それはそれ、東中野駅での乗り換えの時にいろいろと知り合いに出会うから面白い。コントラバスの熱き夜をご一緒したAさんと翌日ばったり。昨晩は仕事でお世話になっているTさんを乗り替え途中の焼き鳥屋で発見。東中野随一の焼き鳥と評判で、仕事場が東中野だった頃から気にはなっていたのですが、いつも混んでいて一人で飲む習性のない私が取りつく島もなく、一度も寄ったことのない店を初めて楽しみました。いい店、いい夜。家に帰ればジャスミンも春。春には夜も似合うな。

朝の犬の散歩はいろいろなところをまわるのですが、家のまわりにはいつも必ず通るところもあって、そこいらは犬たちのお気に入りの場所でもあります。そんないつもの路に、おそらくは庭でもてあましてしまった植物の苗などを分けてくださる家があります。持ち帰りやすいよいに小分けしてあり、レジ袋まで用意してあります。今朝は蕗とゲンノショウコ。うちの
蕗の薹は何年か前にここでいただいた蕗がもと。この近所には仲間がたくさん育っているのだろうな。この家の方とは面識もありませんが、こういう地域繋がりはうれしい。このブログが目にとまることはまずないだろうけど、大きな声で「ありがとう」。ゲンノショウコは効き目が速いことから「現の証拠」ということで、この名があるそう。大患いのこの国に効く「現の証拠」がどこかにないかなあ。

風、虫、土、雨。春の匂い。ハヤの鼻は私の何千倍も敏感に感じているのだろうなあ。

4月10日の
高円寺デモはじめ全国10か所の反原発デモが新聞・テレビで報道されない。情報に露骨なフィルターがかけられているということだろう。一方、今日の日経朝刊文化面には2000字の駄文「大震災後に一歌人の思ったこと」。あきれた。「述べ方の工夫に命をかける言葉の職人芸が大事」などと前置きして、ここに引用するのも憚られるような歌?が披露されている。「原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた/原子核エネルギーへの信頼はいまもゆるがぬされどされども/原子力は魔女ではないが彼女とは疲れる(運命とたたかうみたいに)」。売文家の片手間仕事かと思いきや岡井隆と署名あり。Wikipediaによると日本藝術院会員で歌会始選者、宮内庁御用掛。そうか。原発キャンペーンあまりにも露骨(できが悪かったのは幸い)。報道管制と情報操作。ひどいことになってきている。
4月11日。いよいよ東京文化会館での斎藤輝彦コントラバスリサイタルです。会場でお渡しするプログラムのデザインをお手伝いしました。イタリアを代表する詩人Luigi Cerantolaさんが斎藤さんに贈った直筆の詩contrabbassoがデザインの主題になっています。

[ボッテジーニに捧げる]斎藤輝彦コントラバスリサイタル
上野の東京文化会館19:00 開演
ボッテジーニについては
吉岡裕子さんのブログの解説をご覧ください。
夜桜の井の頭公園。妻と娘とハヤの夜の散歩に仕事帰りに合流。自粛のおかげで静かな花見を楽しみました。いつものような大混雑もどうかとは思うけれど、灯りのない夜桜はちょっと淋しい。水鳥の餌場の前のベンチで雰囲気ばかりの「いせや」の焼き鳥でひとりビールをあおり、みんなで池を一周。家族で夜桜は初めてかな。思いがけぬいい夜になりました。花見はまあいいけど、「自粛」は吹き飛ばさないとね。今日は選挙。一票の重みを噛みしめなければならない時だと思います。

マスコミがほとんど報じない原発20km圏内取材が4月3日に教育テレビでではありますが放送されました。ETV特集「原発災害の地にて〜対談 玄侑宗久・吉岡忍」。
とあるブログにアップされているものを観ましたが、事態の深刻さ当局の無責任さ被災者の無念がひしひしと伝わってきます。捨てられた牛や犬が廃墟の街で徒党を組む、映画のような情景が現実だとは。御用放送局の役割も見事に果たしているあのNHKですが、ここではがんばっています。なんだNHKかと決めてかからずに、体験されることをお勧めします。今日は雨の予報。イタリアン・パセリの鉢は室内にしまいました。
